2010年1月アーカイブ

本稿ではソフトウェア業界について概説をしたいと思う。就職を考える学生や、他業界人の参考になれば幸いである。業界人であっても、クスマノの著書を読んでいない方には参考になる記述もあるかと思う。


ソフトウェアビジネスには、大きく分けて製品企業とサービス提供企業の二種類が存在する。

製品企業は、先行投資を行ってソフトウェアを開発し、それを販売したり、ウェブサービス等として提供することで利益を得る。旧世代でいうとマイクロソフトが代表である。最近ではGoogleやEbayなどインターネット上で製品を提供する企業が多い。

サービス提供企業は、プログラミングやコンサルティングなどの人的サービスを他企業に提供して利益を得る。いわゆる受託開発、SIや人材派遣などの事業である。各国に、政府需要や大企業の需要を満たすNTTデータのような巨大企業が存在し、また小規模だが存在感を発揮するThought Works社や永和システムのような企業がある。

サービス提供企業として最も多いのは、数人や一人で事業を行う小規模な企業である。サービス提供企業では、腕に自信のある技術者や営業が独立して事業を始めることが容易であり、無数の小企業や自営業者がいる。

日本では、製品企業として世界的な成功を収めているのは任天堂やソニーなどのゲーム用コンピュータ企業や、一部のゲームソフト企業である。国内的な成功でいうと、弥生を代表とする数多くの会計ソフト企業や、サイボウズなどの企業向けソフトウェアの企業が大きな成功を収めている。


マイケル・クスマノは、ソフトウエア企業の競争戦略 [1]という著書の中で、ソフトウェア製品企業を成功させることは難しいが、成功すれば高い利益率を得られると書いた。また、製品企業は時が経つにつれて、徐々にサービス売上が増大していき、最終的にはサービス企業に転換する、と示唆した。

また、製品企業の中にも、独SAPのように製品をベースとして多くのカスタマイズ作業を行い、サービス売上の比率が大きい「ハイブリッド企業」があると述べた。ハイブリッド企業では、製品による高い利益率と、サービス提供による大きい売上をミックスして柔軟な企業経営を行うことができる。

製品の売り上げは最終的にどこかの時点で頭打ちになってしまうため、そこからはIBMのようにサービスを主体として事業拡張をしていく必要性が生じてくる。

コンピュータハードウェアの世界ではあるが、Sunは製品販売に固執したため成長機会を見失い、Oracleに買収された。Sunの製品販売事業の売上は、富士通のサーバ製品販売と同じ程度の規模である。だが、富士通のサービス部門は、Sunに比べて5.18倍の売上を確保している。[2]


製品企業を立ち上げるためには、しばらくサービス提供事業を行って資金を獲得しようとする人も多くいる。

しかし、サービス提供企業に要求される職能と、製品企業に必要な職能は、大きく異なっており、それを転換したり並行して行うことは困難である。サービス企業では、多くの人員を少数の法人顧客に提供して利益を得る、それにたいして製品企業では少数の製品を多くの顧客に販売して利益を得る。

すなわちサービス提供企業では、多数の開発人員による開発力が最も重要なファクターであるが、製品企業では、顧客のニーズがある良い製品を開発して多数に販売するためのマーケティング力やソフトウェアの質に力点が置かれる。

製品企業が、高い利益率や多数の顧客ベースを背景にサービスへ進出することは容易であっても、サービス企業の利益率は低く、少数顧客に依存した利益無き繁忙の状態から、うまく製品企業へ移行できたケースは少ない。


ソフトウェア製品は、大きく分けて、システムソフトウェア(OSやデータベースなど)、アプリケーションソフトウェア(企業向けソフトや、家庭向けソフト製品)の二つに分けられる。

システムソフトウェアの業界では、アメリカが圧倒的な強みを持っており、世界の市場をほぼ独占している。次世代のシステムソフトウェアや基本的アプリケーションは、インストール製品ではなく、Googleのようなインターネット企業になっていくと考えられるが、そこでも米国以外の企業で強みのある企業は少数である。

これはシステムソフトウェア企業の成功には、極めて高い技術力、投資に裏付けされた豊富な資金力、世界標準を作る力、高度な経営人材などが必要とされるが、それらの供給がすべて米国西海岸に偏在しているためであると考えられる。

アプリケーションソフトウェアは、各国の言語や文化や法規制などに適した製品である必要があり、各国ごとにソフトウェア企業が存在する。Lotus NotesやSAPのように世界中で販売される製品がある一方、サイボウズや勘定奉行のように我が国だけで販売されて高い人気を誇る製品も数多くある。アプリケーションソフトを世界で販売するには壁がある。

その中で、一部のゲームソフトは文化の壁を越えやすい傾向があり、日本製だが世界的に人気があり流通している製品も多くある。


このようにソフトウェア業界、IT業界といっても、多くの分野があり、これらを一括りにして論ずることはできない。日本の技術雑誌やブログでも、おおざっぱな床屋論壇ではなく、専門書やサーベイに基づいた精緻な議論をしていく必要があるだろう。

また学生が就職などをする場合は、企業ごとの特性や財務諸表をよく見て検討することが望ましい。


注:
[1] ソフトウエア企業の競争戦略 、マイケル・クスマノ
[2] 2008年度、Sunの製品売上は$8,618Mでサービスは$5,262Mであった。富士通のサーバ製品販売額は6,493億円でサービスは24,277億円であった。1ドルを89円とすると、富士通のサービス販売額はSunの5.18倍である。

この小冊子(本文73ページ)は、Redgate Softwareの創設者兼CEOであるNeil Davidsonが書いたソフトウェアの価格付けに関する本である。有り難いことにPDFで無料で配布されている。私が去年、彼の主催するBusiness of Softwareカンファレンスに参加したので、印刷された本をもらった。


ソフトウェアの価格付けに関する実践的なハンドブックである。他に類書があるとは思えないので、ソフトウェアビジネスに携わる人にとって極めて重要な本であると言える。


平易な英語で書かれているし、分量も少ないので、読むのは比較的に容易である。


もし、この本が気に入った人は、「ネットワーク経済の法則」 などを読んでみても面白いと思う。また本書にも巻末に参考文献が掲載されている。


以下に読書メモを掲載する。


  • 第一章: 少しばかりの経済学
    • 製品の価格を増やせば需要が減る。製品の価格を減らせば需要が増える。
    • どこかに売上または利益が最大になるポイントがある。
  • 第二章: 価格の心理学 - あなたの製品はいくらの価値?
    • 製品とは何か?
      • ソフトウェアそれ自体に限らず、安心感、近親感 (友達が既に使っているなど)、サポートなどの価値を含む。
    • 感覚的価値
      • 感覚的価値は実際的価値よりも高くなり得る。ガートナーの調査によれば、導入されたCRM製品の半数は全く利用されていない。大企業の優秀な人間が、多額の価値があると判断して投資した製品に、実際は何の価値もなかった。
      • 感覚的価値は実際的価値よりも低くもなり得る。導入すれば明らかに時間を節約するソフトウェアでもそこまで価値がないと思われることもある。
      • どうやって価値があると認識してもらうか、それがマーケティングの一つの重要な役割である。
    • 人々はどのように感覚的を決めるか
      • 人は他の製品との比較によって「参考価格」を持っている。
      • あなたの製品が競合よりも明白に優れていれば高い価格を付けることができるし、その反対もしかり。
    • 感覚的価値を増やすには
      • 実際的価値を増やす。 - たとえばJoel Spolskyによれば、「製品の新しいバージョンをリリースして有用な機能を増やすことが、唯一の確実にユーザを増やす方法だった。」
      • 製品に個性をつける。 - 37signalsの製品は「妥協のないシンプルさ」を特徴としている。
      • プロダクトを開発者と関連づける。 - 以前、Nortonアンチウイルスなどの製品には、開発者のPeter Nortonの写真が大きく掲載されていた。
      • 製品を愛してもらう - 高級ドリルのDeWALT社は、工事現場へ行ってサンドイッチをごちそうして宣伝を行ったり、自動車レースなど対象顧客が集まるイベントで宣伝をしたり、製品だけでなくブランドを愛してもらうよう心がけた。
      • 良いサービスを提供する - 大きい会社が苦手で、小さい会社が得意なこと
      • 安心感を与える - 評判を高めること。「IBM製品を買ってクビになった人はいない」というような価値観にどう対抗するか。
      • ファン集団を作る - 製品を買うことがカッコいい集団への帰属シンボルになるようにする。
      • 製品にどれだけ費用や労力を投じたのかを伝える - 顧客は容易に作れる製品よりも、苦労して作った製品に価値を感じる。Bill Gatesは有名な「ホビイストへの手紙」で、自社のBASIC製品にどれだけ労力を使ったのかを訴えた。
      • 顧客の公平感に訴える - フェアトレードコーヒーを売るカフェは、顧客の意識に訴えて10円高い値段を正当化している。しかし本当にコーヒー生産者に渡るのは1円未満に過ぎない。
      • 物理的な製品以上のものを売る - BMWは「車ではなく、喜びを作っています」と訴えた。
    • すなわち、差別化せよ
    • 『標識』
      • もし、ある製品Aに比較対象がなければ、顧客は代わりの物を使って比較しようとする。すなわち同じ会社の製品Bの価格を他社と比較してみる。
      • スーパーマーケットでは、顧客は、普段買っているダイエットコークの価格が安ければ、普段買わない高級アイスクリームの価格も安いと判断する。
      • 競合が多く、比較されやすい製品は安い値段を付け、競合が少ない製品を高く根付けするべきである。
  • 第三章: 価格の落とし穴
    • 競合 - 競合に価格で殴り込みをかけると、報復されて価格戦争になる。航空会社ではそれで潰れたケースが多くある。あまり高い価格を付けていると、低い価格で殴り込まれる恐れがある。マイクロソフトは競合が高価格で開拓した市場に、低価格で殴り込むのが得意。
    • 公平さ
    • 海賊版
    • スイッチングコスト - 顧客が製品を乗り換えるとき必要なのは製品価格だけでなく、乗り換えに必要な習熟期間やデータ移行などのコストを払うことになる。また人間は不合理にも、すでに支払ってしまった古い製品価格までも乗り換え費用として計算する傾向がある。
    • 費用を考慮して価格を決めるべきか?
      • 企業は基本的には、製品の一つあたりの追加生産販売にかかる費用(限界費用)を割る価格で、製品を販売することはできない。
      • ソフトウェア自体の複製費用は0円でも、営業販売やサポートにも費用がかかる。安く提供しようとすると、流通チャネルや広告に十分な費用がかけられなくなって売上がさがることもある。
      • 無料提供であってもサーバ運営費用や回線費用などが生じる。どんなに少額であっても多数のユーザに提供すれば、それなりの額になる。Youtubeには、毎年710億円の費用がかかっている。
      • 顧客にとっては会社がどれだけの費用を負担したかは関係ない。パナソニックのゲーム機「3DO」は優れた性能があったが6万円という価格のために全く売れなかった。PS3やXBOXでは、その教訓をベースにして、本体価格は原価割れの価格として、ソフトウェアの売上で取り戻すことにした。
      • ちなみに製品一つあたりの追加生産販売にかかる費用(限界費用)には、開発費用などの当初に一度だけかかる費用は含まれない。区別して考えること。
  • 第四章: 高度な価格付け
    • バージョン化
      • 複数バージョンを用意することで、高額を払う気があるユーザからは高額を取り、少額しか払う気のないユーザには安くして逃さないようにする。
      • ソフトウェアであれば、機能や販売地域や業種などによってバージョンを作ることができる。
      • ファストフード店では、飲み物の価格に大中小とつけることで、利益最大化を図っている。多くの顧客は、大や小よりも中を選ぶ傾向がある。
      • ただし、製品のバージョン間の価値の差がわかりにくいと、ユーザは迷ったあげく一番安いものや高いものを選ぶ傾向がある。もっと悪い場合には、理解できなくて買うのを遅らせたり、競合製品を買ったりする。
    • バンドリング - 複数のソフトをまとめて1パックにすることで、要らないソフトも売りつける。でも買っても使わないソフトがあれば、ユーザはがっくりする。
    • 複数ユーザ割引 - 大企業ほど支払い能力があるし、いくつかのライセンスを買った人はもっと多く払う可能性も高いだろうから、複数ユーザ割引はおかしい気もするが、大企業だって割引は好きだし、大企業ほど購買ポリシーが厳しいこともあるので、どうしたらいいだろうか。
    • サイトライセンス
    • 購買プロセス - 企業では、ある価格を超えると稟議が段階的に面倒になっていくので、その価格を把握して、そこを超えないような価格を付けるべし。逆に言うと、そこを超えるまでは範囲内で多少値上げしても問題ない。
    • 無料
      • 一部の人はソフトウェアの価格はゼロになることが避けられないと論じている。経済学では、効率的市場では物の価格は限界費用と同じになると言う。すなわち情報の限界費用は0円であるから、情報の価格はゼロになるというのだ。
      • しかし、それは間違っている。ソフトウェアにはサポートやドキュメントや販売などの費用がかかっているし、ソフトウェアはコモディティではない。あなたの製品は、他のソフトウェアと全く同じソフトウェアではないはずだ。
      • また、スターバックスがコーヒーを非コモディティ化でき、ペリエが水を非コモディティ化できるなら、ソフトウェアが非コモディティ化できないはずはない。
    • 無料お試し
      • 無料お試しには大きな価値がある。実際に製品を試用した人は、その製品の価値を高く評価する傾向がある。製品を試用してない人も、製品が試用可能であることにより、製品がしっかりした物だと感じる。
      • ただし製品の性質によっては無料お試しができない場合もある。データベース復旧ソフトウェアのように一度きりしか使わない製品は試用できない。また訪問営業が必要な製品などは試用の効果が薄い。
      • フリーミアムモデルは、基本バージョンを無料にして、一部の機能を有料にするというモデルだ。これは大変な流行になっているが、慎重に考えるべきだ。無料製品が有料製品の需要を喰ってしまうこともある。無料で製品を提供することには、予想よりも費用がかかる。有料版を売るのに多数の無料ユーザーが必要となるならば、膨大な費用負担となる。
    • ネットワーク効果 - ただしネットワーク効果(ユーザ数が増えるほど製品の価値があがる効果)がある場合だけは無料モデルが非常に有効である。
    • バーゲン
    • 異なる価格モデル
      • 一括支払い課金
      • 月額課金: ユーザは一括で支払うよりも安く感じる。また一括で支払うよりも、継続的に利用していこうと考える。
      • ユーザ数課金
      • プロセッサ数やサーバ数課金: どんどんCPUの性能があがるので、同じことをするための価格がどんどん下がってしまう問題がある。
      • 利用料: 価格の利用料(データ量や利用時間など)で課金するモデルがある。これはユーザが事前に支払額を推測できない問題がある。
    • 正しいモデルを選ぶ
      • 退屈であるべき。複雑だったり斬新だったりするモデルは顧客の混乱を招き、嫌われる。
  • 第五章: 価格が何を語るか
    • 高い価格をつけると、製品が優れていると思われる傾向がある。もし競合の製品が100万円で売られているときに、自社製品が1万円だったら、それを「画期的製品」と主張しても、顧客は「おもちゃ」だと思うかもしれない。
    • また製品を売るのに、どれだけ営業マンが顧客と握手しに行かねばならないかを考えること。Redgate社では、安価なウェブ負荷テストツールをネットで販売したが、顧客は製品を安く買えることよりも営業マンと話して決めたり手厚いサービスを受けることを重視していたために失敗した。
    • 実験が奥の手だ
      • これまで理論を紹介してきたが、実際には可能な限り、経験と調査に基づいて価格を決めている。理論だけでは決まらないので、自分で価格を決断しなければならない。また実験を行うべきだ。
      • 価格付けは複雑なので、科学的実験を行うことはできない。価格を変えれば、ブランディング、サービス、流通チャネル、販売方法など様々な要素が変わってくるので、科学的実験で決定することはできない。
      • 昔はA/Bテストを行って、別の価格で実際に販売してテストすることもできたかもしれないが、いまは下手にやると顧客の反感を招く。
      • サーベイには決して頼らないこと。顧客や人々にアンケートを採って意見を聞いても、全く参考にはならない。顧客が何を言うかと、顧客が実際にどう動くかは全く異なる。
    • 値段をどう変えるか? - 価格を上げると顧客がどう思うか心配する人も多い。だが、Redgateでは、昔50ドルで売っていた製品を、いまは395ドルで売っているが、その間に苦情を言ってきた人は殆どいない。
  • 参考文献一覧

RubyConf 2010 Taiwan

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台北で4月25日にRubyカンファレンスが開催されます。
現在、講演を募集中ですので、腕に覚えのある方は応募してみてはいかがでしょうか。
発表は英語でもいいようです。

http://rubyconf.tw/2010/

私も、弊社ウェブフレームワーク Egalite のプレゼンを応募する予定です。
もし受かれば参加しますので、現地でお会いしましょう。

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